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今日、報道ステーションにて、若者のクルマ離れをテーマにした特集をやっているのを見かけた。

各社が購買率の低い若者をターゲットにモーターショーで新作を公開していたりしていたものの、クルマを買うということは、彼ら大人が持っている価値観と若者のズレだけでなく、生活レベルの平均値の違いというものまで配慮しなければ、思うような効果はまず上がらないだろう。

この特集の中で、若者にとって「クルマは単なる移動手段と思う」人が4割ほどいる、ということの注目していたが、若者も心底クルマをそう思っているわけではない。

生活レベルを考えれば、クルマを購入することから購入したクルマを維持することが、どれだけ生活を圧迫するか?ということを考えれば、クルマの優先順位はどうしても低くなってしまうのである。

大人たちの生活レベルを維持するために、古いやり方で良いように使われ続けている若者には、クルマを購入し、それを維持していけるだけの生活水準でいる割合が少ないということである。

また、買えるだけの収入があったとしても、ドライブを楽しむような時間のない人が多く、それだけ仕事で時間をとられてしまっている人も多いことも、彼ら大人たちには想像もできないのであろう。

だから、通勤や仕事で使うことがあまりなく、「クルマは単なる移動手段と思う」人が多くなるのである。

もちろん、昔とは違い、娯楽や興味の対象が増えたことが、クルマ以外のものにお金をつぎ込む結果になっている部分がないわけではない。

都市部では、クルマがなくても不便さを感じないくらい、交通整備されているところも確かにある。
若者が都市部に集まるというのも理由のひとつであろう。

しかし、若者が都市部に集まる理由も考えてみてもらいたい。不便な田舎で低賃金でクルマを維持するのと、便利な都会で低賃金でクルマを維持しない生活の方が、経済的に住みよくなる。

しかも、年寄りばかりの自治体で、若者に過度に厳しい社会状況では、若者にさらに追い討ちをかけるような負担を強いられることになる。

こういった若者のおかれている現状については言及しようともしないで、自分たちの時代と若者にとってのクルマに対する思いの違いに驚いているというのは、いかに今もぬるま湯にいるのかがうかがえる状況と言えよう。

また、心理学的なことで言えば、クルマは欲しいけど我慢している、という状況のように、若者の多くは我慢していることが非常に多い。いや、我慢させられていることが多い。こういった状況は、多大なストレスを生むことになる。

今は、昔とは違って国全体が成長期ではなく、大人たちが今も尚、失策し続けているせいで、将来に希望を持ちにくい環境を作っており、歯止めもまだかかっている状況でもない。

こういうことが、若者の自殺や犯罪の増加にもつながっているということを、大人には理解してもらう必要がある。これらを理解した上で、絶対数では多い大人たちがよく考えて、世の中を形成していってもらいたいものである。

多かれ少なかれ、今のような状態は長くは続かない。若者の状況が完全に破綻してしまってからでは、取り返しがつかない、そのことを考えて選挙に投票する人もされる人も言動には気をつけていただきたい。

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コメント (2)

貴重なデータ、わざわざ教えていただいてありがとうございます。

今、いろいろ本を書いているので、参考にさせていただきます。

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